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2011年12月

2011年12月28日 (水)

特別なお歳暮が今年も届きました

今年も残り少なくなった。今年のお歳暮商戦はどうだったろうか。
言うまでもなく、お歳暮はお世話になった人に贈る暮れの贈り物だ。

我が家に届くお歳暮は親戚からのものなど僅かだが、例年のように特別なところから届いたものがある。
それは娘が務める会社の社長さんからのものである。
社員の実家にお歳暮が届くことに驚き、いつも大変感動しありがたく思っている。
その会社は東京にあって貿易業を行い、社員数はたぶん50人には満たない(その半分ぐらいかな)。
つまりファミリーな会社なのだが、それにしても社長が家族にお歳暮を贈るなんて奇特なことではないか。
家族は会社のために何のお世話もしていないので恐縮至極である。

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お歳暮の中身は、コシヒカリのお米と切り餅と炊き込みご飯の具のセットでした。
過去6年分を振り返ると、岩手県の海産物、兵庫県の肉が2年、新潟県の米などが3年でした。
つまり、毎年、地方の名産品を贈っていただいている。

 

世間ではお歳暮の人気ランキングというものがあるそうだ。
ベストスリーは、ビール(酒類とする場合もある)、ハム・ソーセージ(肉類とする場合もある)、コーヒー・紅茶・お茶類なそうだ。
ただ、地域の名産品という括りを作ると、それは1位か2位になるそうだ。
自分の経験からしても納得できるランキングだ。

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2011年12月19日 (月)

ニュージーランドに行ってきました‐14( Aucklandのパブとカフェ)

これまではニュージーランドの田舎を満喫したが、最後にはタウンを楽しむことにした。
と言っても特別の狙いがあるわけでもないので、土産物を探すとか飲み食い程度にすぎない。

この街では最も古いビクトリア様式の建築物が保存されながら、こじゃれた街だという Parnell に出かけた。
バスの運転手に「これは Parnell に行くか」と聞くのだが、一度では通じなかった。
カタカナで表現すれば、Parnell はパーネルではだめで、パーネールとなり「ネ」を強く言うらしかった。
このようなことは度々あったが、「またしても」と思い知らされた。
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街並みを撮ろうとカメラを向けていたら、偶然だがレトロなオープンカーが通った。
車と言えば、中学か高校の時に「ニュージーランドは一人当たりの車の普及率が世界一」と習った気がする。
人口が少ないので公共交通機関が整備されていない反面、ここの人間は元来行動的だということだろう。
16歳になれば運転免許を取得でき、高校生は車で学校に通う。
一方、以前はかなりレトロな車が見られたが、今回はあまり見掛けなかった。
反面、リーズナブルということらしく、比較的新しい日本車が氾濫していた。
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この街にはカフェが多かった。ほとんどがオープンカフェを持ち、屋外エリアにテーブルが並びパラソルが建てられている。
こちらの人々は概して外を好むようだが、時間が早くてまだ寒いせいか、多くの客は室内の方に居た。
カフェで一時休憩とした。マフィンと Flat White を注文した。
前に掲載した画像より、こちらの画像の方が Flat White が良くわかるように思う。
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カフェを出てダウンタウンの方へ歩いて行くと、パブには人が溢れていた。
土曜の昼ごろはこうなのか、と思った。
人気の店なのだろうか、さっきのカフェとは違って外にも人が多い。
ギネスの看板が掲げられ、店の名前はマッカーシイということで納得だ。
寄りたい気もしたが、入る余地もなさそうだ。
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オークランドは坂の多い町だが、坂を下りてダウンタウンを通り過ぎると港になる。
この町は City of Sails と言われるように、港にはヨットやボートが溢れている。
この国はマリンスポーツの普及率でも世界有数なそうだ。
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港にはカフェやレストラン、パブが数多く並んでいて、どの店にもウイークエンドの午後を楽しんでいる人が多くいた。
先ほどギネスの店をパスした心残りだったのか、ここでもギネスの看板が目に付き、入ることにした。
この国、この町にはアイリッシュ・パブが多くある気がした。
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飲み物はギネスで決まりだが、暫しメニューと睨めっこし、つまみはサラダとスナックから選んだ。
出てきたものはちょっと予想外のもので、料理法は違ってもどちらも十分な量のジャガイモだった。
ギネスは2杯いただいたが、つまみは半分ほどで十分だった。
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大橋巨泉の店など2、3の土産店を覗いた後、ホテルへ帰ろうと東京でいうと銀座のようなクイーン・ストリートを歩いた。
時計は午後6時を回っているが、南半球のこの町はまだ明るく賑やかだ。
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南半球で夏とはいえども、クリスマスは最大関心事のようで、街の飾りは変わりがない。
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クイーン・ストリートにクロスする通りに2軒並びのパブがあったが、どちらの店も内外の席とも満席の盛況だった。
手前はやはりアイリッシュ・パブだが、奥の店はガイドブックにもあったベルギー・ビールと蒸しムール貝の料理が売りの店で、寄ってみたいと思っていたところだ。
店の奥の方にでも空きがないかと入ってみたが、先客たちの風圧に負けて退散してしまった。
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通りの角では、デビュー前の歌手の卵らしい若い女性がしきりに歌っていた。
この画像は歌い始めで穏やかな様子だが、次第に力のこもった歌い方になっていった。
アルバムを出すための募金を求める書き込みと箱があったので、お金を入れて写真を撮らせていただいた。
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夏の長い日も暮れ始めてきた。明日は、冬の日本に帰る。
皆が「またおいで」と言ってくれたが、また、この国を訪ねることはあるのかな。
前回もそうだったが、どのくらい滞在するかと聞かれて、10日間とか2週間とか答えると、「それだけか」と誰からも言われた。
帰らなければならない理由は在るのだが、この国に居ると自分でも「どうして急いで帰らなければならないのだろう」と思ってしまう不思議な居心地の良さがあった。

これでニュージーランドへの旅は、どんとはれ

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2011年12月18日 (日)

ニュージーランドに行ってきました‐13(Aucklandに移動)

ワイカト滞在の最後の晩は、カジュアルな店だったがモンゴリアン・レストランでグッバイ・ディナーを持ち、いよいよ翌朝はウオーリーとバルの許を離れることになった。
自分たちが彼らに大変にお世話になったことは紛れもないが、ウオーリーとバルは自分たちの訪問と滞在を予想外に喜んでくれたようだ。
毎日のように予定を立てて方々に案内してくれたうえ、帰りのオークランドまでのシャトルバスを予約してくれ、同時に支払いまで済ませてくれた。
もう2か月で農場を離れて海辺の保養地に移り、隠遁生活のような暮らしに入ろうとしている時期だっただけに、余計に今回の訪問を喜んでくれたのかもしれない。

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オークランドでは、着いた日の午後と次の日の丸1日を過ごした。
日本からの飛行機を降り立った日にも苦労したが、システムと路線が色々あるバスの乗り方を習得するまで苦労した。
リンクバスというものに乗って Auckland Domain という広い公園を訪ねた。
中央はクリケット場になっていた。クリケットは英連邦の諸国では盛んな野球の元祖のようなスポーツで、滞在中もテレビではゲームが放映されていた。
かって、「日本は野球が盛んなようだからできるだろう」と勧められてやったことがあるが、要領を得ず苦戦した経験がある。

 

土曜日で一角には群衆があったが、ドッグショウのような催しのようだった。
そこは避けて Winter Garden という温室を覗いた。

 

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自分としては、温室の中の熱帯夜温帯の植物よりも、温室の周りを囲むボーダーガーデンの方が楽しめた。
また、温室の裏側にはニュージーランド特有のシダ植物園があった。

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この国のシダと言えばシルバー・ファーンが特に有名だ。その名の通り葉の裏側が銀色の固有品種だ。
このシルバー・ファーンのデザインは、ラグビーのオールブラックスのユニフォームに入れられているし、格式のある各種の紋章のようなものに良く入れられている。


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この国の固有植物と言えば、ニュージーランドのクリスマスツリーの Pohutukawa も、他の公園で見ることができた。
ただ、この木はまだ幼木の類だろう。

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固有植物つながりだが、小さな白い花をたくさん付けるマヌカ(英語では Tea Tree )という木を、数日前にウオーリーに教わった。
世界的にはマイナーだろうがニュージーランドは蜂蜜の産地でもあり、特にマヌカ・ハニーは有名だ。
マヌカは抗菌作用や免疫促進効果が高いことが知られていて、キャンデーや歯磨きのりなどにも使われている。
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このブログには蛇足が多いが、ここでもまた。
蛇足と書いたことにシャレのつもりはないが、裸足のことだ。
朝、ホテルの近くの道を歩いていたとき、前を歩く若い女性の後ろ姿に目が点になった。
それは上半身と下半身の衣装のアンバランスだったり、ふくらはぎの刺青だったり、靴は手に持った裸足のせいだ。
この国の人は結構裸足が好きなようで、それを見ることは珍しいことではない。
この女性は、横断歩道を渡る前には靴を履いていた。
また余談だが、この国では naturist が多いことも、以前訪ねた B&B で聞いている。

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2011年12月17日 (土)

ニュージーランドに行ってきました‐12(Hamilton Garden は2度訪ねました)

ガーデンは興味があるので、ハミルトンガーデンには2度行った。
一度は初日にホテルからのリバーウオークで行き、後日、また行く機会があった。
次の画像の看板はタウンよりの一角にあるものだ。
看板の立つ周りには、ここにもという感じでアガパンサスが群生したいた。
花が咲くころはさぞかし見事だろう。
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ニュージーランドは、全てにおいてイギリスの影響を色濃く受けているので、ガーデンにバラ園は欠かせない。バラはちょうど花の見ごろで、花の香りに満ちていた。
それとボーダーガーデンとなるが、それは随所に配置され、また白とか黄色にまとめられたところがあったりして楽しませてくれた。
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代表的な諸国のガーデンのアリアもあって、禅をテーマにした日本庭園もあった。
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次の画像は中国庭園の一部だが、ギボウシが植えられていた。
ギボウシについては、このガーデンでどの程度植えられているか注目していたが、多くはなく品種的には4、5種だけだった。
画像のギボウシの品種は Blue Vision というらしかった。いかにもブルー系の品種というものだったが、自分としては知らないものだった。
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ニュージーランドを代表するのはマオリ・ガーデンでした。マオリの文化には彫刻が欠かせないようです。
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それからキッチンガーデンです。
この国でキッチンガーデンに熱心な家庭を訪ねたことがないので、これもイギリスに習っているのかなあ、という程度の印象でしたが。
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やっぱりありました、パーマカルチャーの展示と説明板。
そうか、パーマカルチャーはニュージーランドの発祥と言われるから、キッチンガーデンだって当然に色々あるということかな。
関連して、ミミズ農業とかチキン・トラクターなどの興味深い解説もあった。
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広いガーデンの中心部には比較的大きな池があった。
向こう岸の中央の建物はインフォーメーション・センターで、左はテー・ハウスだ。
池はここを訪れる人々の憩いの場であり、潤いの場だ。
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池のほとりのテー・ハウスで休息していると、そばで黒い鳥が止まったり飛び去ったりしていた。目と嘴がオレンジ色でかわいい。
鳥の名は姿のとおりで Blackbird なそうだ。欧州から持ち込まれて増殖したもののようで、ツグミ科で日本名ではクロウタドリなそうだ。
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2011年12月16日 (金)

ニュージーランドに行ってきました‐11(クレイの酪農場と近所のアルパカ農場)

今日はウオーリーの別の甥のクレイの酪農場を訪ねる。
前に訪ねたブリットも今日訪ねるクレイも長兄の子だが、その長兄はすでに故人になっている。
前回はクレイの農場を訪ねる時間がなかったので、初めての訪問だ。
牛の搾乳は日に朝と夕の2回行うが、訪ねた時はちょうど夕方の搾乳の時だった。
搾乳場のパドックにはたくさんの牛が集められて、搾乳の順番を待っていた。
聞くと、この農場の搾乳牛は460頭で、3群に分けられて放牧とか搾乳の管理がされているという。その一つの群がちょうど搾乳中だった。

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搾乳の施設はロータリー式のものだった。
牛は回転式の搾乳台に次々と入り込み、搾乳器具を付けられていた。
搾乳台は60の仕切りになっていて、7分ほどで一回転する間に搾乳が終わる。
どの牛も一回転する前に搾りきられるので、そこで搾乳器具は自動的に外される

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クレイは、放牧場から次に搾る群を追い込んでいるということで、しばらくは見えなかったが、クレイの二男のロバートが搾乳作業を担当していた。
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ロータリー搾乳場の中央に入ってみた。
壮観な眺めだったが、逆に一斉に牛たちに見つめられているようで、異様な感じだった。

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搾乳場の外には、搾った牛乳を貯留するタンクと冷却装置があった。それらの大きさに圧倒された。
集乳のためのローリー車が回ってくるのは随時と言っていた。夜中のこともあるという。

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放牧場の方に眼をやると、搾乳の終わった牛たちが自分たちの牧区に帰っていく姿があった。
また、牛たちの向こうには、サイレージに貯蔵するためのビニールでパッキングされた大きなロールが数多くみられた。
このクレイの牧場は、個人の牧場としてはかなり大きい部類だが、従前の5つの牧場を一つにして今の規模になったという。
やはり競争の中で生き延びるための選択なのだろう。

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ルアクラの農林省事務所での説明によると、この国の酪農は従前から北島が主体だったが、近年は南島で伸びてきているという。
これまで羊や穀物などが主体だった南島だが、近年では会社経営の大型酪農経営が進出しているとのことだ。
もちろんTPPのことにも触れて説明された。
ニュージーランド農業のダイナミックを感じた。

 

帰路、一転、珍しい家畜を発見した。
アルパカだった。飛びこみで、お願いして見学させていただいた。オーナーは日本からの珍客にオーケーをくれた。
この農場では150頭のアルパカを飼育しているそうだ。まだ人間にはあまり慣れていないようで、近づくと直ぐ尻を向けて遠ざかってしまう。
土産店などには、アルパカの毛を織り込んだセーターとか手袋などを結構な値段で販売しているが、その材料はこんなところで生産していたのだ。

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アルパカの毛は1年に1度刈り取るそうだが、運よく刈り取り作業も見ることができた。
羊の毛刈りは一人でも羊を上手に抱え込んで行うが、アルパカのそれには4人がかりだった。

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人に従順ではないし、体格も羊よりかなりでかいので、器具を使って倒して寝かせたうえ、足を縛って、更に一人が頭を押さえて毛刈りの作業をしていた。
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毛を刈られたアルパカたちです。(まだのも1頭いますが)
毛の色は大まかに白と黒と濃褐色の3種類と思われた。
ニュージーランドの農業は実に多彩で意欲的だ。

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2011年12月15日 (木)

ニュージーランドに行ってきました‐10(Hamilton,Waikato地方というところの続き)

しつこくニュージーランド報告を続けます。自分の日記のつもりですので。
次の画像は、一夜だけ投宿したホテルです。リーズナブルだったのと、ワイカト川沿いにあったので、リバー・ウオークには便利でした。
画像手前の橋を渡ると、小公園でのファーマーズ・マーケットにも直ぐでした。

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川沿いに少し上がるとワイカト博物館があった。
館内には、先住民マオリの歴史や装飾品の展示が充実していたが、生憎撮影禁止だったため画像はない。
特に、巨大な木彫りのカヌーは、カウリという樹高が40~50メートルにもなるという巨木を削って作ったものだという。迫力ある彫刻が素晴らしかった。

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一部のフロアでは、ラグビーの Waikato Blacks を紹介しており、ここだけは撮影オーケーだった。
代表出場100回以上の歴代の名選手を紹介するコーナーもあった。

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ハミルトン郊外にルアクラという地区がある。ここはアカデミックな地区だ。
案内看板だけだがワイカト大学です。何階かのビルデングもあるが、広い芝地に画像のような平屋の建物も多かった。
日本からの留学生も多いようだ。

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それ以上に有名なのがルアクラ農業研究所だ。
プラタナスと思われる巨木の並木をくぐると鉄道の踏切があった。

この踏切は往時からあったが、近年は近くまで住宅が広がってきて、施設内を通過する車両が増加してきているという。
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この研究所も大きな看板とか建物があるわけではない。道路の角に Plant & Food Reseach の看板があったが、ここが有名な研究所のはずだ。
ここで41年前には研究の説明を受けたが、今回訪ねたわけではない。

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今回は、同じエリア内にあるこの国の農林省の事務所を訪ねた。
訪問は、ウオーリーの好意の案内なので仕方がなかったが、自分としては気が重かった。
案の定、説明は骨子程度しかわからなかった。
せっかくの説明にただ聴いているだけにもいかないので、見聞きした最近のニュージーランド農業への印象を3点ほど必死にお話した。
つまり、灌漑の普及のこと、サイレージや乾草を十分用意するとか牧草だけでなくトウモロコシも用意するなどでコストを上げても生産性を高める方式へ転換していること、牛と羊の農業からシカやアルパカの飼育とか野菜栽培とか、キウイフルーツはもとよりリンゴやナシなどの果樹とか、新しい品目導入に力を入れていることだ。

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疲れ切った頭で事務所を出て帰る途中、マックミーカン交流センターの看板が目にとまった。
マックミーカンは有名な著書「Grass to Milk」で知っている。自分もその本を読んで学んだことがあるので懐かしい。
彼はルアクラ研究所を一流にした立役者とも言える人だ。
また、彼は後に世界銀行の副会長になったと記憶している。

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帰路ケンブリッジのタウンに立ち寄った。
この国はどの街も概して整然としていて美しい。ジェームス・クックの到着以来240年ほどの新しい歴史の国のせいかもしれない。
画像の建物は比較的歴史のあるホテルだ。
ウオーリーに言わせると、「この国で50年の歴史があると言っても、長い歴史の日本では5分くらいのものだろう」となる。

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映像として記憶は一致しないが、自分は41年前にはこのホテルを時々利用したはずだ。

と言ってもこのホテルのバーを、である。ビールを飲めるところはホテルのバーしかなく、「ホテルに行こう」は「バーでビールを飲もう」の意味だった。
ホテルにバーは二つあった。つまり、作業着でもかまわないバーとネクタイを付けていくバーとだった。

今ではそんな区別はないだろうと思ったが、確かめないでしまった。

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2011年12月14日 (水)

ニュージーランドに行ってきました‐9(ハミルトン、ワイカト地方というところ)

41年前に1年間滞在し、今回も訪ねたところは、北島のほぼ中央部に位置するワイカト地方と言われるところだ。ハミルトンはその中心都市になる。
この地方の真ん中を、そしてハミルトンの真ん中をワイカト川が流れている。
ここの人々はいろいろなアウトドア・スポーツを楽しむので、ワイカト川はボートやカヌーを楽しむ場所であり、また当然癒しの場所でもあるようだ。

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川沿いの散策路が整備されているので、自分たちも初日の午後には、ホテルから上流にあるハミルトン・ガーデンまでその道を歩いて往復した。
途中の岸辺には、見たことのない形のボートが並べられ、その傍らでは高校生らしい女の子たちが談笑していた。

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ニュージーランドのスポーツと言えば、なんといってもラグビーだ。
全ての学校には芝生のラグビーグラウンドがある。
ラグビーチームも限りなくたくさんあるようだが、この地方のラグビーのサミットは Waikato Rugby Union の Waikato Blacks だ。
Waikato Blacks は、国内では最強カンタベリーに次ぐ、オークランドやウエリントンのチームと肩を並べる位置にあるようだ。
ある日、ゲームのない日だったが、そのスタジアムを見学した。日本でいえば立派な野球スタジアムと言うところだ。

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特別観覧席に案内されてグラウンドを見た。
さすがに整備されたグラウンドで、芝生には散水の最中だった。
ちなみに、この特観席の入場料金は200ドルで、飲み食い付きということだ。
もちろん、飲み食いは試合の後に、と聞いた。

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ところでワイカト・スタジアムと言えば、今年の Rugby World Cup 2011 の予選リーグで、オールブラックスと日本の試合が行われたところだ。結果は83対7だったそうだ。
案内してくれた管理者の人によると「日本チームはどうしても体格で劣るけど、近年強くなってきていると思うよ」だって。

 

このスタジアムはゲームが行われるばかりではなく、トレーニング・ジムも整備されていた。
また、試合後の筋肉をほぐす(?)温水と冷水のプールも見せてくれた。

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乗馬や競馬もよく楽しんでいる。
ウオーリーが暮らしているハミルトンの隣町ケンブリッジは、良馬が生産されるところとして知られている。
以前の滞在の時は、ウオーリーの所有馬をトラックに積んでトレーニング場に通った。
さらに隣町の TERAPA の競馬場にも正装して行った。
ケンブリッジにはトロッターとドッグレースが行われレース場があった。
開催日には午後にトロッターが行われ、ドッグレースはナイターで行われるそうだ。
訪ねた時は、トレーニング中の1組だけが見られた。

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トロッター・レースは、日本では廃止されて久しい。
自分としては、学生時代の競馬場でのアルバイト以来だったので懐かしかった。
その後日、滞在農場の近所を自転車で回ったら、またトロッターに出会った。
裏に3軒ほど隣はトロッター用の馬を育成する農場のようで、夫婦でトレーニング中だった。

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帰宅したときにバルに言われてしまった。
「ヘルメットなしで自転車に乗るのは違反よ」と。
そんなルールは知らなかったが、近所の田舎道でも車は時速80キロ近くで走っているので、納得であった。

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2011年12月13日 (火)

ニュージーランドに行ってきました‐8(野菜工場が近くに)

ウオーリーの家の近所に背の高い生垣で囲まれた農場があった。
気になって聞いてみると、野菜を生産販売しているところだという。
高い生垣は、防風のためのものだろうということだった。
関心があったので、ある日そこを訪ねた。会社名が Southern Fresh Foods となっていた。
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オーナーは快く案内してくれ、先に工場の方を見学した。
工場では、生鮮野菜が洗浄され、それから選別され、その後はスーパーなどの店頭に並べられるようなトレーとかビニール袋への詰め込みまで行われていた。
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人参やカブなどを見ると、先日ファーマーズ・マーケットで見たものよりも幾分小さく若いものだった。
パンフレットには Baby Vegitables という表示で、他にヘンネルやリーキ、ビートなどがあるようだ。
葉物ではホウレンソウのほかに、ごま風味のサラダ菜と言われる Wild Rocket や Mesclun という名の紫色のものもあった。
いずれも若いものでサラダ用と言うことで、他にはバジルやミントなどのハーブ菜もあるようだ。
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商品はほとんどが国内販売で、ここより寒い南島の方で主に販売されているということだった。
外の畑を覗くと、ここは用水の配管がされているようで、スプリンクラーで散水されていた。
その奥はビニール・ハウスになっていた。
この日は時間がなくてここまでだったが、後日、離れたところにある別の栽培農場も見学した。
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その農場では、収穫期に近い幾つかの野菜が生育していた。
人参の栽培では、畝の幅は1メートルで長さは300メートルと言っていた。
播種時期をずらして幾つもの畝が並んでいた。
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ホウレンソウも広く植えられていた。
サラダ菜としては、既に収穫期になっているに違いない。
プレートには10月25日の播種と記載されてあり、1カ月余りでここまで育ったなんて驚きだ。
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畑の向こう隅の方では何か作業をしている幾人かの人が見えたが、遠くて行ってみる気にもならなかった。
中央部付近では移動式の散水機を動かしている人もいた。
ニュージーランドの夏期は乾燥するので、野菜作りに灌漑は必須のようだ。
いや、農業に用水が欠かせないことは世界の常識だ。
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2011年12月12日 (月)

ニュージーランドに行ってきました‐7(肉牛農家ブリットの秘密の園を訪ねる)

今日は、ウオーリーの甥(長兄の子)のブリットの肉牛農場に出かけようと車に乗り込んだところ、来客があった。
背丈のある中年の女性だったが、結構な美人だった。
「母のところに来たついでに、ちょっと寄ってみたの」というようなことが聞き取れたが、後は早口でなにやら彼らと話していた。

後で聞いたところによると、この農場を買い取ることになった人だという。
飛行機の客席乗務員をしているそうだし、ご亭主は空軍のパイロットなそうだ。
この国でも、農場に住むことが憧れだったり、ステータスなのだということに、改めてまた知らされた。
余談だが、これまでエアー・ニュージーランド社の飛行機には何度か乗ったが、若い乗務員には会ったことがない。(どうでも良いことでした)

ブリットの肉牛農場は PUKEMORIMORI という丘にある。いや、丘が丸ごと彼の農場である。
ちなみに PUKE はマオリ語で小さい丘という意味なそうだ。
久しぶりに会ったブリットも、当然だが年を重ねていた。

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牧場を見回る時は、低速ギアのある四輪駆動の車を使う。
今回もそれに乗って丘の上まで行くことになった。
写真を撮らないでしまったが、牛は白黒模様のフリージャン種だった。日本のホルスタインと元は一緒の種類だ。
ここの肉牛は、放牧による牧草だけで飼育される。
肉はアメリカに輸出されてハンバーグ材料として使われるそうだが、オーガニックの牛肉として扱われるので、売値は悪くないとのことだった。
また、ここでは種雄牛の生産もしている。それらも評価が高いとウオーリーは話してくれた。身内ひいきかもしれないが。

 彼は乗用馬も飼育していた。大会で入賞馬となるような名馬も少なからず育成しているようだ。
彼の奥さんのナレルは、国の乗馬大会でチャンピオンになったこともある人で、馬への情熱は家族ぐるみのようだ。
丘への途中の馬の牧区では、蹄の手入れをしていた。

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丘の上の牧区には大きな石がある。
そこで私はブリットと特別な記念写真を撮った。
実は16年前に訪ねた時も同じ所で写真を撮ったのだ。
前の時の写真を右手に持って、今の姿を撮った。まさにビフォー、アフターだ。

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丘から下たら、秘密の場所に案内すると言う。
そこは別世界で桃源郷、いや、オアシスのようなところだった。
モネの絵のようなところで、池の水面ではスイレンが咲こうとしていて、岸の柳の影も映っていた。
池の向こうには石造りのロッジと、後で知ったがシャワーとトイレの小屋もあった。

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これらはもちろんブリットの手作りだという。まず4年ほど前から池を作ったという。
石の家は、2010年の2月から作り始めたというから、それから2年近くになるが、トイレの排水と浄化装置などを残してほとんど完成していた。
ロッジにはテーブルやベットも設置されていた。電気は無くて明りはガス・ランプだったが、流しにはLPガスも用意されたいた。

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使われた石は、この周辺から全て拾い集めたものだという。
冗談のつもりで「1泊くらいはここに泊まりたいな」と言ったら、ウオーリーは本気にしたようで、危うく滞在最終日の夕方に連れてこられそうになった。
母屋からの途中には沢があって石の橋が掛けられてあったが、「ブリットとナレルによって2010年8月に設置された」と刻まれたプレートも貼られてあった。(画像の石橋の右端)
その茶目っけも面白かった。
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ブリットは「テーにしよう」と言って、ガスでお湯を沸かし始めた。
そこで外の椅子に座って待ったが、テーはついに出てこなかった。どうも茶葉の用意がなかったようだ。
改めて母屋に帰ってテーになったが、ナレルの用意してくれたマフィンやオーツ・クッキーもご馳走になって、それがかえって幸いした。

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2011年12月11日 (日)

ニュージーランドに行ってきました‐6(東海岸のWhangamataを訪ねる)

昨日訪ねたのは西海岸の方だったが、今度は東海岸の方を訪ねることになった。
ウオーリーとバルの来年2月以降の住まいを見せていただくことが第1目的だ。
今日の行程は比較的長いので、奥さんのバルの車で(運転で)行くことになった。
バルの方が少し若いし、女性の方がどこでも元気だ。

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途中で、金鉱跡を見学した。
休憩所を兼ねた遺跡公園のようなところがあった。鉱山跡と言うだけあって山の中で、道路沿いには川も流れていた。
鉱石を別の場所にある精錬所まで運んだもののようで、狭い軌道の鉄道跡は、今ではウオーキングを楽しむ道になっていた。
案内看板の写真にもあるような若い女性も混じった一行が到着して、休憩所で待っていたバスに乗り込んでいった。
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ウオーリーが女性グループの一人に「どこから来た」と尋ねると、イングランドからと言っていた。
この国は移民地でしかも英連邦であるせいか、イングランドから旅行に来た人と会うことは珍しくないし、息子はイングランドで暮らしているとか、娘はカナダなのというたぐいの話はこれまで何度も聞いた。
彼女は、「こちらは案外寒いのね」とも言っていたが、その言葉のとおりで、ここ2、3日は朝が10度くらいで昼は20度くらいと、初夏になるのに全然暑くはなかった。

再び、東に向けて車を走らせ、途中、産業遺跡の鉄橋とか貨物列車の展示を車窓から眺めながら行くと、Whihiという町に着いた。精錬所があって発達した町らしかった。
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街のはずれの高台が遺跡公園になっていた。
朽ちたコンクリートの建物は精錬所跡なのだろうか。
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ところが、ここは単なる遺跡ではなかった。
いまだに金とか銀とかを採掘していたのだ。
往時は坑道を掘って採掘していただろうが、現在は露天掘りだった。
その場所は広大なので画像では小さく見えるが、かなりの大型機械が採掘の作業をしていた。
この後、街の案内所に行くと、そこは金鉱資料館にもなっていた。
説明では、先月1か月の採掘量は、金が9,053オンス、銀が53,767オンスだったそうだ。
後で20キロ延べ棒に換算してみたが、金で約13本、銀で約76本となった。
また、週で5百万ドル位になりますとのことでもあった。日本円換算で3億円くらいか。
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また車を走らせて、最終目的地のWhangamataに着いた。
こちらの人々には、老後は海辺の保養地で暮らしたいという意識が結構強いらしい。
そのため、このような保養地の不動産価格は年々上がっているとのことだ。
街は海辺の平坦部から丘の方まで広がっていた。
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ウオーリーとバルの家は、海辺に近い平坦部にあった。
前にウオーリーの「日本の大津波は西海岸と思っていたが、東の太平洋の方なのか」と問うた言葉が少し気になった。
ここは20年前に現役引退したときに、今の牧場のほかに購入したもののようだ。
また説明によると、内陸部の15ヘクタールの農場不動産とここの200坪か300坪ほどのそれとは、今では同じくらいの値打ちだと言っていた。
一概には信じられなかった。
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サンドイッチと果物とお茶でテー(ランチ)を済ました後、海辺に出かけた。
3キロ余りは有りそうな砂浜だった。ここは遠浅なので海水浴客も多いということだ。
3グループほどの若者たちががサーフィンをしていた。やはり寒そうで、誰もがウエットスーツを着ていた。
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素足になって砂浜を2キロほどゆっくり歩いた。
ウオーリーとバルは、これから毎日のようにこうして散歩するのだろうか、と思いながら一緒について歩いた。
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2011年12月10日 (土)

ニュージーランドに行ってきました‐5(ウオーリーの農場と家)

グリートの家を後にして、サーファーがよく来るというラグランの海を見物した後、やっとウオーリーとバルの家に着いた。
ハミルトンの郊外になるが、15キロから20キロぐらいのところの農場だ。ここを訪ねるのは2度目だ。

今年84歳のウオーリーは、ちょうど20年前の1991年に酪農経営の現役を引退し、それまでの大きい牧場を売り払っている。
そして現在の30ヘクタールほどの農場に移り住んだのだ。
それでもワイカト地方議会の議員に推薦されて多忙となったため、農場の半分ほどは裏隣りの農場に売ったか貸すかしたそうだ。

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家は道路から50メートルほど入ったところにあり、茂った庭木に覆われているので良くは見えない。
まさに自然と共生して暮らしているような感じがしたが、こちらでは同じような感じのところが結構多い。
家までの道の左側の牧区には生後1カ月くらいの子馬と母馬がいた。
彼の道楽だが、競走馬、乗用馬の飼育をしている。
16年前に訪ねた時は10数頭を飼育していたと記憶しているが、現在は3頭の母馬だけだった。
反対側の牧区にもほかの馬が放牧されていたが、道沿いのイチョウやユリの木がでかくなっていて驚いた。

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家に近づくと柑橘類の木が何本か植えられていた。これらはウオーリーかバルが植えたのだろうか。
オレンジにグレープフルーツにレモンだった。ほとんど放任栽培のようで、葉にカビが付いたりして果実の表面はきれいではない。
鳥がほじくったようなオレンジも見られた。
ここでは気候条件からして、柑橘類とリンゴやナシなどの落葉果樹の両方が栽培できる。

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玄関前に植えられた葉色の違う幾つかの植物の寄せ植えは、前回も見た記憶がある。
これらも放任されている様子だが、実に自然でありながら調和が感じられた。

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そんな植物に埋もれるように、母屋とガレージと離れのゲストルームが並んでいた。
下の画像で、奥が母屋で、手前の左がゲストルームだ。

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自然豊かな牧場なので動物も沢山いた。
家畜としては馬のほかに、育成を受託しているらしい若牛が何十頭かいたし、猫が2匹と鶏が10数羽いた。

 

鶏のうちの1羽は、5羽のヒヨコを連れていた。
改めて画像を見ても、なんとも微笑ましくのどかな感じです。
ところが厳しい自然の現実も、滞在中に知ることになった。
滞在3日目の朝に、ウオーリーは「ヒヨコが2羽居なくなった。鷲か野良猫が連れて行ったのだろう」と言うのです。
確かに、ヒヨコは3羽だけになっていました。
なんと更に翌朝には、親鳥は1羽のヒヨコを連れているだけでした。
どんなにのどかな感じでも、自然には色々なことがあるのは当然なことでしょう。

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スズメとか名前のわからない何種類もの野鳥も飛び交っていた。
ウオーリーは、それらに毎朝餌を与えていた。野鳥にもである。
次の野鳥だけは、名前を知っている。プケコという名だが、先住民のマオリの言葉だろう。
顔が赤くて道化のようでもあり、飛べない鳥と言われている。実際は上空までは飛べないが、大きさも似ているキジ程度に飛べるようだった。

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このように絵にかいたような豊かな農場ですが、ウオーリーとバルは来月の1月末には20年住んだここから移るそうだ。
そして、東海岸の保養地のタウンに住むそうだ。
そんなことも知らないで、たまたま私が「行ってみたい」と言った地域に、その保養地があるそうだ。
明日は、その地域に行くことになった。

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2011年12月 9日 (金)

ニュージーランドに行ってきました‐4(リッチなグリートさんに会う)

今日はいよいよウオーりーに会う。
ウオーリーは、私がたくさんお世話になっている人で、結局今回も5泊もさせてくれたうえ、方々に車で案内もしてくれて、またお世話になった。
彼は日本には5回来たというが、その時は毎回会っているし、3回は岩手にも来て我が家にも泊っている。

10時半ころホテルに迎えに来てくれるということなので、ファーマーズマーケットから帰って荷物を整理して待った。
本当はもっと町の中を見物したいので、「午後3時ころ来てよ」とリクエストしたのだが、「グリートのところに案内するから」とも言っていた。
ウオーリーの依頼だったが、グリートも我が家に泊めてお世話をした人なので、いずれは会うつもりでいたが、いきなり今日とは思っていなかった。
電話の話ではグリートのところで何かやっているようなことを言っていたが、まだ英語に慣れないで良く聞き取れないでいたので分からなかった。
それでなくても電話は、目の前に情景のない状態での会話なので、英語に未熟な自分には苦手だ。

16年ぶりの彼は、当然老人になっていた。84歳だという。
さっそく車で出かけたが、こちらでは郊外のまっすぐな道路なら時速100キロまでオーケーだ。速度メーターを覗くと90キロは超えている。人家が多くなったりカーブするところでは80キロだったり50キロ制限だったりする。
まだ自分はその高速には慣れていないし、84歳になったと聞いたせいもあって緊張した。

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これから訪ねるグリートは、12、3年前に夫のコーズとともにオランダの資産を売り払って移住した人だ。
2004年に岩手を訪ねてくれた2年後に、夫をガンで亡くした。
コーズはオランダ人らしく賢い人なのに気さくで、またぜひ会いたいと思っていたので、亡くなったことは本当に残念だ。

ウオーリーはグリートの家を訪ねる前に、彼女が所有する3つの牧場の中の一つを案内してくれた。
その牧場のマネージャーはグレンという青年だった。いわゆるニュージーランド特有の制度によるシェアミルカーだ。
グリートは、優秀な経営パートナーだと評価していた。
この牧場の搾乳所は長い歴史を持ち基本的なフェリングボーンと言われるものだった。
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この地区は西海岸に近く山地にあって、牧場は傾斜が多かった。飼育する成牛は332頭だと言っていた。
以前は、このような傾斜の牧場は肉牛の飼育に用いられて、酪農ではなかったはずだ。
グレンもチャレンジだと言っていた。
平坦な牧区は、主に乾草やサイレージの収穫に使われるようだ。
驚いたことは、散水灌漑がかなり普及していることだった。そのことは、この後も方々の牧場を見ることではっきりした。
ただ、この牧場の利点に後々気付いた。
灌漑につかう水は、牧場内を流れる沢水を使っているので、コストを安くできることだ。
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グリートの家を訪ねると20名ほどの人がいて、何やらパーテーのようだ。
聞くと、クリスマス・テー・パーテーなそうだ。「11月はまだ4日もあるのに、もうクリスマスかよ」と思った。
このようなパーテーは何度かあるようで、我々が何度も忘年会をやるようなものだろう。
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グリートが、ウオーリーも所属するロータリークラブのプレジデントだということは聞いていたが、その関係のパーテーなそうだ。
ウオーリーの奥さんのバルも来て居て、「今日は女性主体のパーテーよ」と説明してくれた。
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男性も結構な人数が参加していたが、彼らは付き添いのようだ。
突然の珍客の登場で、何人かが握手して話しかけてくれたが、話が思うように進まないので、多くは元のグループに戻って行った。
エンジンの販売をしていたというジムという人は、料理をとる世話をしてくれたり、ポツリポツリの話に気長に付き合ってくれた。
後日、男性主体(正会員ということか)のミーテングがあったが、その時も、学校の先生だったという人(名前は覚えていない)が、色々と世話を焼いてくれた。
世話好きはどこにもいるものだ。
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肝心の女主人グリートは、母屋の台所にでもいるのか暫く見えなかったが、やがてにこにこと満面の笑みで現れた。
さすがプレジデントというか、以前会った時より何やら輝いていた。
飲み物を勧められたので遠慮なく赤ワインを所望したら、彼女は封を開けてグラスに注いでくれた。
栓の空いているワインは白ワインだけだったので、「そうか、こうゆう時は白ワインか」と思った次第だ。
それでも、赤ワインもテーブルの上に用意されたあったので、問題ないだろう。
案の定、パーテーの〆はボリュームたっぷりのスイーツだった。
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ジムが「いいものを見せてあげる」と言うので付いて行くと、室内プールだった。
水は抜かれて、幅は狭いものの長さは10メートル余りはあっただろうか。
その形状から、競走馬のトレーニングプールを思い出してしまった。
パーテー会場は裏庭だったので、表の方にも回ってみたくなった。
案の定、表から見ても立派なものだった。
彼女は、3つの牧場のほかに、有名な観光地のロトルアにはモーテルも所有している。
かって夫のコーズは、「ホリデーで日本に来る前に、ロトルアのモーテルの壁のペンキ塗りをしてきた」と言っていた。
それにしても、リッチなグリートはこの大きな家に一人で住んでいるのだろうか。
3人の子供たちは独立していることだし。
詳しく聞くことは遠慮した。
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それにしても、いきなり色々な人に会って、頭がクラクラした。

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2011年12月 8日 (木)

ニュージーランドに行ってきました‐3(ファーマーズマーケット編のつづき)

ファーマーズマーケットが面白かったので、もう少し続けます。
買いに来る客は、土日の神子田の朝市のように混雑するほどでもないが、結構切れ目なく続いていた。
この国ではどこでも混雑することはないので、これで繁盛の方だろう。
(どの画像もクリックで大きくなります)

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もう少し店を覗いてみてみよう。
南半球のニュージーランドの今は、日本の5月か6月の気候だ。
そんな訳で野菜苗を売る店も賑わっていた。
日本では珍しい野菜苗もあって買って帰りたかったのだが、検疫のことがあるのでもちろんやめにした。
種子もインゲンとかカボチャに珍しいものがあって、これならいいかなと買おうとしたら、このお兄さんに「検疫は大丈夫か」と言われてしまったので、止めにした。確か?。

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苗つながりですが、有りました My favorite Hosta ギボウシです。
品種名は表示していないが、特徴の違うものが3種類です。
どれも一株9ドルでした。1ドルは60円ほどなので540円ほどになる。
ルバーブの苗が6ドルということからすると、ひいき目にはちょっと安い気がしないでもない。
こちらでの人気の程度を感じた気がした。
ギボウシについては、この後もニュージーランドのガーデンにどのようにどの程度使われいるのか、注意を払ったつもりだが、「これから」という感じでした。

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余談だが、庭や沿道を飾る植物と言えば、なんといっても目立つのはアガパンサスだ。
これは前回のときに気付いたことだが、今回は特にも沿道では席巻しているという感じまでした。
このマーケットでは、次の写真のような赤い花をつける苗木も売られていた。
callistemon という名が付いているが、後で知人は bottle btush と教えてくれた。この名の方が分かりやすい。
オーストラリアからやってきた花なんだそうだが、公園や沿道で良く見られた。
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また余談だが、赤い花の木と言えば、ニュージーランド固有の pohutukawa は有名で前から知っている。
これは自前の画像がないので、
他人のページから pohutukawa の花と木を見てもらおう。
この木はクリスマスのころに咲くことや、花をつけた木の様子が飾りをつけたクリスマスツリーのようにも見えるので、ニュージーランドのクリスマスツリーと呼ばれているそうだ。


やはりファーマーズマーケットにはコーヒー店は欠かせない。
盛岡の神子田の朝市にだってあるのだ。(関係ないか)
メニューを見ると、ここにもありました flat white 。
コーヒーは注文が重なっているので、「flat white を注文した人、出来たよ!」と呼ばれるまでしばし待つ。
これで食材と飲み物がそろったので、ここで他の地元の客のように朝食にすることにした。

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おまけですが、歌を披露する二人組も居たりして、BGM付きの朝食になりました。
あっ、そうだ。ほらっ。ここでもアガパンサスが茂っているでしょう。咲くのはもう少し後ですが。

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2011年12月 7日 (水)

ニュージーランドに行ってきました‐2(ファーマーズマーケット編)

ハミルトンのホテルで迎えた初めての朝は日曜日だった。
日曜日にはファーマーズマーケットが開かれることは調べてあった。その場所はホテルから近いことも。
ホテルそばを流れるワイカト川にかかる橋を渡ると、すぐに小公園の中にその場所は見つかった。

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小公園は駐車場のほかにロの字型に通路があって、その通路の両側にテントとかトラックの荷台を活用した店が並んでいた。
ここのファーマーズマーケットの組合は、確か水土日の曜日にワイカト地方の3っつの町で場所を変えて開催しているそうだ。
この街での開催は日曜日なのだ。
その様子はサンフランシスコ近くのデェービスの町で見たものと類似していた。

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入り口そばには見事なイチゴを並べた店があって、1パック3ドル、2パックだと5ドルの表示につられて2パック買った。
ここで求めたもので朝食にする予定でもあったが、2パックはやはり多かった。

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当然だが色々な店がそろっていた。この国らしくパン屋さんやケーキ、チーズ、肉屋もあった。そこでパンとチーズもゲット。
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当然に野菜も色々あったが、やはり日本とは様子が違って面白い。
ルバーブやそのジャムが好まれていることは、後々も知らされた。
カラーピーマンには Large Capsicum という表示があった。
ピーマンは英語で green pepper というと覚えていたが、後で調べて英国語と米国語の違いと分かった。
もちろんピーマンもパプリカも英語以外の言葉なのだ。

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人参も御覧のとおりだ。人参の形が違うし葉付きで束ねられていた。
普通に見るオレンジ色のものばかりではなく、黄色というか白っぽいもの、そして紫色のものもあった。

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スプラウトも各種あった。
麦のようなものもあって、「どう使うんだ」と聞いたら、「お茶のように飲む」といったように聞こえた。
おまけに、「日本でも良く使われているはずだ」とも言われてしまった。
青汁のことかもしれないと思った。

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ストローベリーばかりではなく、各種ベリーも並んでいた。
きれいに揃っているものなので、ケーキでも飾るのだろうか。

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2011年12月 6日 (火)

ニュージーランドに行ってきました‐1

予てから、そろそろーと思っていたが、急きょ予定を調整して行ってきました。
目的は、既に後期高齢者の後半になっているものの簡単には会えない恩人の様子伺いです。というのは表向きの口実で、ニュージーランドの心豊かな生活環境に浸りたくなったというのが本音です。
ニュージーランドと格別に深く関わっている訳でもないが、きっかけは41、2年前の1年間の滞在だ。今回の渡航は16年前に続いて3回目になる。

成田からは夕方の6時半ころに発って10時間ほどでオークランド空港に着いた。当地の時間は朝の9時半ころだったが、夏のニュージーランドの標準時は日本より4時間早いのでそうなる。
国の玄関口のオークランド空港は結構国際空港らしく変身していたものの、全人口が400万人ほどの小国なので、やはりアットホームな感じがあった。Nz_20111126_102438edi
目的地は、ここから200キロほど南のハミルトン近郊なので、まずは長距離バスの出るダウンタウンまで移動した。長距離バスは、既に日本で予約していた。
ダウンタウンまでの移動はエアバスというものだったが、運転手に長距離バスでハミルトンまで行く予定を話したところ、「それなら予約を変更して、別のバスで長距離バスの空港近くのバス停まで行って、そこから乗り継いだ方がお得だよ」というようなことを言われた。
ご親切なアドバイスだったが、自分の英語力ではそんな面倒な手続きは無理だよと思いながら、「ダウンタウンに行ってみたいので」と押し切った。

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長距離バスが出るトラベルセンターの傍にはスカイタワーがあった。高さは328メートルで南半球で最も高いそうだ。
タワーの高さと行き通う人の流れとに気を配りながら歩いていたので、ハッキリとはその瞬間を見ていなかったが、上から何かが落ちてきたのを感じた。
なんとそれはバンジージャンプだった。
こんな街中でもやっちゃうなんて、さすがはニュージーランドだ。

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長距離バスに乗る前にカフェで早めのランチにした。
後でわかったが、こちらの人は「ランチをとる」と言わないで「teaをとる」という。
夕食もよほど改まった食事でなければdinnerとは言わないで、teaと言っていた。

カフェではショーケースから2種類のサンドイッチをまず選んだ。どこの国に行ってもサンドイッチは無難なチョイスだ。
飲み物は一覧から一番上の flat white というコーヒーにした。
オーラやモカも見えたがそれらは値段が少し高かった。
これは結果的にベストチョイスだった。
これも後で知ったが、 flat white は極限までクリーミーなミルクがたっぷり入った、この国やオーストラリアで独特の庶民派の飲み物だということを後で知った。
前から、ミルクシェイクが国民に人気が高いことは知っていたが、どれも一級の酪農国ならではの飲み物だ。
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カフェの開放されている入口からは、スズメが自由に出入りしていた。
こぼれたパンくずの掃除役でもあるようだが、時にはスズメはフンをしないこともない。
しかし大らかというか、自然をこよなく愛するこの国の人々は気にしない。
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色々と感覚の違いのようなものを感じながら、予約していた長距離バスに乗った。
バスの終点は、北島の代表的な観光地で温泉もあるロトルアだ。
案の定、空港近くのバス停に立ち寄ったが、その後は郊外を抜けるとどこまでも牧草地の続く独特の風景の中を走り、ハミルトンまではノンストップだった。
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